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山形地方裁判所 昭和55年(ワ)79号 判決 1982年8月13日

原告

児玉利夫

ほか一名

被告

安田火災海上保険株式会社

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し金一、五〇〇万円及びこれに対する昭和五五年四月四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

昭和五三年五月一日午後九時頃、山形県鶴岡市大字井岡字沢田一〇四番地先国道三四五号線上において、訴外佐藤和夫(以下「訴外佐藤」という。)の運転する普通乗用自動車(山形五五あ二一七九。以下「加害車」という。)が、その右前車輪で訴外児玉正行(以下「訴外正行」という。)を轢過した。

二  訴外正行は、右事故(以下「本件事故」という。)により、頭蓋底骨折、頸椎骨折、胸部圧迫、全身打撲の傷害を負い、そのため同日午後九時二七分頃死亡した。

三  訴外庄交ハイヤー株式会社(以下「訴外会社」という。)は、加害車の保有者であり、訴外佐藤を運転手として雇用し、加害車を自己のために運行の用に供していた。

四  本件事故は、訴外会社が保険会社である被告との間で加害車につき締結した自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)に基づく責任保険契約の保険期間内に発生した。

五  損害

1  訴外正行の損害 金三、八二八万八、二六二円

(1) 逸失利益 金三、三二八万八、二六二円

訴外正行は、本件事故当時鶴岡工業高等専門学校四年に在学する満一八歳の健康な男子であり、本件事故に遭遇しなければ右卒業時である満二〇歳から四七年間稼働可能であり、その間賃金センサス昭和五〇年第一巻第一表掲記の高専、短大卒業者年間平均給与額三〇三万〇、二〇〇円を下らない年間収入を得ることができ、これから五〇パーセントの生活費を控除し、ホフマン式計算法によつて得べかりし利益の総額の現価を算出すれば金三、三二八万八、二六二円となる。

(2) 慰藉料 金五〇〇万円

2  原告ら固有の損害

(1) 原告児玉利夫(訴外正行の父、以下「原告利夫」という。)の損害

慰藉料 金一〇〇万円

葬儀費用 金四〇万円

(2) 原告児玉キミ子(訴外正行の母、以下「原告キミ子」という。)の損害

慰藉料 金一〇〇万円

六  訴外正行の相続人は、原告利夫(父)、同キミ子(母)の二人であり、他に相続人はいない。

七  故に、原告利夫は五の1の二分の一及び五の2の(1)の合計金二、〇五四万四、一三一円、同キミ子は五の1の二分の一及び五の2の(2)の合計金二、〇一四万四、一三一円の損害賠償請求権を訴外会社に対して有する。

八  よつて、原告らは被告に対し、自賠法一六条に基づき、保険金額の限度で損害賠償として金一、五〇〇万円及びこれに対する本件事故発生以後の日である昭和五五年四月四日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三請求原因に対する認否

請求原因一ないし四の事実は認め、五、六の事実は不知、七、八は争う。

第四免責の抗弁

訴外佐藤は加害車を運転して山形県鶴岡市街方面から同市湯田川方面へ、訴外正行は自動二輪車(以下「正行車」という。)を運転してその反対方向へ、それぞれ本件事故現場路上を進行していたのであるが、訴外正行は、自車を先行する訴外八鍬辰雄運転の足踏自転車(以下「八鍬車」という。)に衝突させて転倒し、自車から投げ出されて路上を滑走し対向車線に進出したところを、加害車に轢過された。

本件事故の態様は右のとおりであり、これにつき自賠法三条但書の事由が存在することは以下主張するとおりである。

一  訴外佐藤は、本件事故当時前方に十分注意を払いながら加害車を運転していたところ、前方約三三・四メートルの地点を対向進行してくる正行車の前照燈が急に低くなるという異常を認めるや、直ちに左転把して急制動の措置を講じた。

原告はこの点に関し、訴外佐藤は事故当時制限速度を超過する時速六〇キロメートル以上の速度で進行しており、もし同人が制限速度以下の速度で進行していたならば、より早く正行車の異常を発見し事故を回避できたと主張するが、仮に制限速度以下で進行していたとしても、正行車が同車に先行する八鍬車に衝突して転倒し、その上訴外正行が自車から投げ出され二〇メートル余りも滑走して加害車の進路上に進出するが如き事態は、訴外佐藤においても、また一般人においてもよく予見し得るところではない。

右のとおり、訴外佐藤は加害車の運行に関し注意を怠らず、訴外会社も同様である。

二  訴外正行は、本件事故当時、時速七〇キロメートル以上の高速度で進行していたため、制動措置を講ずる間もなく八鍬車と衝突して自車から転落するに至つたのである。

また、訴外正行は、八鍬車の存在を同車の前照燈により認め、かつ、その前方から加害車が対向進行してくるのを認め得たのであるから、このような場合訴外正行としては追越しを暫時避止するか、そうでなければ追越しにあたつてハンドル操作を確実にすべき注意義務があるのに、これを怠り、八鍬車を追越す際、同車に接近しすぎたため同車に衝突して転倒した。

右のとおり、訴外正行には本件事故の発生につき過失があつた。

三  加害車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつた。

第五抗弁に対する認否

一  抗弁冒頭の事実(本件事故の態様)のうち、訴外佐藤、同正行がそれぞれ加害車、正行車を運転して本件事故現場路上を被告主張の方向へ進行していたこと、訴外正行が加害車に轢過されたことは認め、その余は否認する。

二  抗弁一は争う。訴外佐藤は、本件事故当時、制限速度時速四〇キロメートルを越える時速六〇キロメートル以上の速度で進行していたのであるが、同人が制限速度以下の速度で進行していたならば、より早く正行車の異常を発見することができ、そうすれば直ちに急制動等の措置を講ずることにより訴外正行を轢過せずに済んだ。

三  抗弁二のうち、訴外正行が、本件事故当時時速七〇キロメートルで進行していたことは否認し、同人に過失があることは争う。

第六証拠〔略〕

理由

一  請求原因一ないし四の各事実は当事者間に争いがなく、六の事実は被告において明らかに争わないから自白したものとみなす。

二  被告は、本件事故について自賠法三条但書の免責事由が存在すると抗弁するので、この点について判断する。

訴外佐藤、同正行がそれぞれ加害車、正行車を運転して本件事故現場路上を訴外佐藤は山形県鶴岡市街方面から同市湯田川方面へ、訴外正行はその反対方向へ進行していたこと、訴外正行が加害車に轢過されたことは当事者間に争いがなく、この争いのない事実、及び成立に争いのない甲第三号証、証人八鍬辰雄、同八鍬喜恵子、同佐藤和夫の各証言並びに原告児玉利夫本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  本件事故現場は、幅員七・六メートルの見通しのよい平担なアスフアルト舗装の直線道路であり、照明施設はなく、時速四〇キロメートルの速度規制がしかれていた。本件事故当時の路面は乾燥状態であつた。

2  訴外正行は正行車(山形な五〇〇七、排気量二五〇cc自動二輪車。)を運転し、国道三四五号線を山形県鶴岡市湯田川方面から同市街方面に向かい進行していたが、道路左端から約一メートルの間隔で先行する訴外八鍬運転の足踏自転車(八鍬車)に自車を接触させ、安定を失つて右側に転倒したため、自車から投げ出されて右前方へ約二〇メートル路上を滑走し中央線を越えて進出したところ、道路右端から約一・七メートルの地点で加害車の右前部により轢過された。なお正行車は転倒したまま路面に擦痕を残しつつ約三〇メートル滑走し停止した。

3  他方、訴外佐藤は、右轢過地点から約一一・七メートル手前において、自車前方約三三・四メートルの地点を対向してきた正行車の前照燈が急に低くセンターライン方向に旋回したことから同車の転倒に気づき、直ちに左転把及び急制動の措置を講じたが、間に合わずに訴外正行を轢過した。なお加害車は制動後延べ約一四・一一メートルのスリツプ痕を残しつつ約二〇・八メートル進行し、左車輪を道路左側溝に落輪させて停止した。

4  訴外正行は、本件事故の九か月前の昭和五四年八月オートバイ免許を取得し、同人の両親である原告らから排気量五〇ccの原動機付自転車を買い与えられて本件事故一か月前の昭和五五年四月からこれを乗用していた。正行車は、同人が友人から借り受けたものであるが、自動二輪車の運転経験はなかつた。

5  訴外佐藤は、昭和三〇年庄内交通に入社し、同五〇年訴外会社に移籍し、あわせて二三年の運転歴を有し、その過失責任を問われるような事故に遭遇したのは本件事故が初めてであつた。以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

そこで、第一に、訴外佐藤の過失の有無について検討する。

訴外佐藤が本件事故の過程において取つた措置は前示事実3のとおりであり、同人は速かに正行車の転倒を発見して直ちに左転把、急制動の措置を講じたものというべきであり、ここに前方不注視の過失はない。

次に、訴外佐藤はその証人尋問において本件事故当時、時速四〇ないし五〇キロメートルで走行していた旨の証言をしているが、前認定の乾燥アスフアルト路面に残されたスリツプ痕の長さおよび成立に争いのない甲第八号証の記載を照らし考え合わせると、訴外佐藤は本件事故当時、制限速度時速四〇キロメートルを相当程度超過して進行していたものと推認される。しかし、原告が主張する如く、制限時速の四〇キロメートルで走行していたならば、より早く正行車の転倒を発見し得たとは経験則上言い難く、さらに本件事故の主因は訴外正行が転倒後約二〇メートルも路上を滑走し、センターラインを越えて佐藤車の直前にまで転がり込んできたことにあり、右の如き事態は何びともよく予見し得るところでないばかりか、乾燥アスフアルト道路を時速四〇キロメートルで走行する自動車の停止距離が約二〇メートルであることは公知の事実であり、これに対し、前示事実3のとおり訴外佐藤が正行車の転倒を発見した地点と訴外正行を轢過した地点との距離は約一一・七メートルであつて、右停止距離を下回ること八メートル余りにも及ぶのであるから、訴外佐藤が時速四〇キロメートルの制限速度で進行していたとしても本件事故は回避できなかつたものと推認され、従つて右制限速度を相当程度超過する速度で進行したことをもつて本件事故と相当因果関係のある過失ということはできない。

してみるならば、訴外佐藤に前方不注視の過失はなく、制限速度を相当程度超過して進行した点も本件事故と相当因果関係ある過失とみることはできないことは右のとおりであり、これに前示事実1の本件事故現場の状況その他の事情を総合勘案すれば、訴外佐藤は本件事故の発生につき過失がなかつたと認めるのが相当である。

第二に、証人佐藤和夫の証言により認められる、証外会社が毎朝、従業員の点呼時に、安全運転上の訓戒をしていたという事実及び前示第一の事実を総合勘案すれば、訴外会社は加害車の運行に関し、注意を怠らなかつたことが認められる。

第三に、訴外正行の過失の有無について検討する。

本件事故現場の片側車線の幅員が三・八メートルであり、八鍬車は路端から約一メートルの間隔を保持して進行していたことは前示事実1、2のとおりであるから、八鍬車と中央線との間隔は約二・八メートル存在した。そして、訴外正行は、自車の前照燈により、八鍬車を容易に発見しえた筈であるから、同人は八鍬車と中央線との間を安全に通過進行できたことは疑いない。

しかして、前示事実4によれば、訴外正行は自動二輪車の運転に習熟していなかつたことが推認され、さらに、前示事実2の正行および正行車の転倒後の各滑走距離からみると、正行車は事故当時、時速四〇キロメートルを大はばに上回る高速度で進行していたものと推認され、これらの点を考え合わせると、同人は、前方注視を怠り接触直前まで八鍬車の存在に気づかなかつたか、あるいは、気づいたものの、高速で同車を追い越すにあたり、ハンドル操作を誤つて自車を八鍬車に接触させたものと推認され、従つて訴外正行は本件事故の発生につき過失があつたことは明らかである。

第四に、前掲第三号証、証人佐藤和夫の証言を総合すれば、加害車には構造上の欠陥または機能上の障害がなかつたことが認められる。

以上のとおり、本件事故について自賠法三条但書の免責事由が存在する。

三  以上のとおりであるから、本件請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

よつて、本訴請求を失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 井野場秀臣)

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